1999年11月 引き続き不調をキープ

注意
これは1999年の日記のため、情報が古いです。また、医療情報についても素人患者の闘病記です。ご自身の健康に関しては、医療機関に相談してください。

11月2日(火)

昨日、飛行場から帰宅後、診察の予約をいれておいた。腹水が、あまりにも溜りすぎている。

診察予約時間は9時だった。

しかし、待ち合い室で2時間近く待たされる。いつもなら待たされることなどない、やはり急な予約だからだろうか?

11時頃に名前を呼ばれる。看護婦がきて、いつものように、体重、体温、脈、血圧のチェック。そして、診察室(何部屋もある)に案内されるのだが、いつもの部屋とは様子が違う。

なにか、検査か処置をするのだろう。ゴチャゴチャと機械が並んでいる。

Dr.Crippinが現れた。

これから、腹水を抜くという。

左の脇腹に麻酔を塗る。そこに、点滴の針みたいなものを刺す。看護婦が痛く無いというが、やはり恐い。何度したって、注射はなれない。しかも腹に刺すなんて。とても直視できないので目を閉じている。

鈍痛を感じる。

目をうっすら開けて、針から管、その先に目をやる。1リットルは余裕で入るだろう、ペットボトルのような容器がある。そこに、半透明で黄色い液体が流れ込んでいる。

こいつが腹水か、、、。

ペットボトルの2本目に突入。

Dr.Crippinが横向きになれと、オレの体を動かす。左を下にして横向きになる。すると、Dr.Crippinが、右上の腹を手のひらで軽く押さえる。

またもや、液体が勢い良く流れ出す。

どのくらい抜いただろう?

看護婦に聞いたら、1本の容器に1.2リットル入ると言っていた。

が、英語なので自信がない。オンスなのかも知れないし。見た感じでは、3リットルくらいだろうか。

 

 

かなり腹は縮んだが、まだまだたっぷり腹水はある。これを全てぬくと、今度は体が持たないのだ。腹水は血液中の水分がもれて起こるらしいのだが、その中には、栄養成分が含まれているのだ。

前回入院したときにも腹水が、パンパンにたまったが、大量の利尿剤で、一気に抜けた。その時の倦怠感、疲労感はすごかった。

腹水を抜くことにより、少しは腹も軽くなった。しかし、問題が二つ残っている。

その1。

針を刺した穴から、腹水が漏れてくるのだ。イソジンで消毒して、ばんそこで止める。

もう一つの問題は風邪。

くしゃみ、鼻水、鼻づまり、喉の痛み、咳き、発熱、、、、。風邪の症状が、全てでる。

広空と義妹は風邪をひいていたのだが、完璧にうつってる。


11月3日(水)

腹水の調子は良いみたいだ。風邪も小康状態を保っている。このままぶりかえさぬよう、家の中でおとなしくしている。

なにもしないで、一日を過ごす。


11月4日(木)

なんとなくイライラしている。理由はわからないが、イライラ。

一日寝ている。

風邪は、かなりいい感じ。腹水は、また復活しつつあるかも。


11月5日(金)

午後、久々に外出でもしようと、ジーパンをはく。もちろん、腹水のためにチャックは開けたまま。

マフラーでなんとかしばって止める。しかし、歩きだすと、ズボンがずり落ちてくる。

体も重い。外出はあきらめる。

 

コーディネータのブレンダさんからメール。アルダクトン(利尿剤)100ミリ飲んでいいとのこと、それと、水曜に血液検査。

夜、丸橋先生が来訪。様子を見に来てくれる。


11月6日(土)

目が覚めたら100度の熱。気分が悪く、悪寒がひどい。最悪の状態だ。解熱剤なんてききやしない。

うんうん唸ってうると、Aさんがやってきた。

「必要かなって思って」

その手に握られていたのは、なんと加湿器。なんて偶然なんだ!

妻も、加湿器買わなきゃな、と真剣に考えていたところだったという。他にも日本食品など差し入れていただく。

まだ、大学の試験の途中だというのに、ありがとう!


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11/8(Mon)

今思えば、夕方から様子が変だったような。

腹水はさほど変化がなく、続いてた微熱もなくなり食欲もいつもと同じ(たくさんは食べれないけれど)、風邪の症状もたまに咳をするぐらいで直りかけと言う感じ。

お昼、一緒にMinyard(スーパー)にいったぐらい。

ところが帰宅後の夕方、急に泣き出したり、イライラしたり情緒不安定におちいる。

あわててどうしたの?と聞いても、

「大丈夫、大丈夫」と答えるだけ。

夜中も何回も起きだし、こんな時間に?と思うような行動をとる。

寒い寒いと言い(私は暑いぐらいの温度なのに)

トイレにこもったきり出てこなかったり、眉間にしわを寄せて苦痛な顔をする。

喉が乾いたといってコーラを無表情で飲んでいる。

あれ?なんか脳症入ってないかな?

こころなしか、顔色も悪い感じがするなあ。

そういえば、ここのところアミノレバンを飲んでいない。

久しぶりの脳症の症状なので心配。


11/9(Tue)

今日、起きてパパのお腹が大きくなってた。

おかしいなあ。

低塩で、飲み物もそんなにがぶのみしてないはずなのに。

苦しい、お腹がはって痛いと、我慢できない様子。

顔色も夕べより悪くなっているように感じたので、明日予定の採血を今日にしてもらい、クリッピン先生の外来の予約をしてもらいに、

ブレンダさんのオフィスヘ行く事に。

片言の英語で通じたのか心配だったけど、

『See you tomorrow!!』と

言ってたので、大丈夫でしょう。

時間はあとでメールで連絡をくれるとのこと。

ただ、躁鬱病みたいな症状はどうしようもなく、昼間アミノレバンを飲み、様子を見ることにした。

もちろん明日、クリッピン先生に報告しなければいけないですが。

腹水がたまる時もある。

高熱がでることも。

足がつりやすい日もある。

今日みたいに2つの問題がでるなんて日常茶飯事。でも、その都度治療し、なんとか乗り越えながら、待つしかないのでしょう。

Waiting の苦しみ。

でも、日本で移植を受けるチャンスに恵まれない方達に比べれば。


11/10(Wed)

ブレンダさんからメールが来ず、朝からイライラのパパ。

まったくどうなっているのやら。結局、診察はあきらめました。

夕方待望のメールが来たが、英文が何か変とパパが首をかしげている。

こちらで英語の師匠にあたる、AさんとM さんにメールすることに。お二人とも、親切にもさっそく返事を頂きました。

診察に関してのことだった。かなりくずれた英文らしい。

、、、、、、、、、、、、、。

小学生並の英語能力の私達に、理解できるはずもない。

それと、丸橋先生から電話を頂き、ラシックスも再開してよいとのことだった。

今日の気分は、昨日よりはいくぶんましなようなので、さほど頭の中が混乱してはいないようなので、今夜は大丈夫でしょう。

お腹はすいてないと言いつつも、なんとか食べてました。

夜中に小腹がすいたと作ったそうめんをおいしそうに食べた。

我が家の定番。『そうめん』は生姜をいれます。(薄味だから、インパクトをつける為)おいしいよ~ 日本の味。

ここまで妻の日記


11月11日(木)

久しぶりに、日記を書く。調子はいいようだ。

一つ発見。

こっちのテレビは全て、字幕放送が義務づけられ、テレビもそのための機能が必ず付いているらしい。

これは、映画でもそうだ。

字幕といっても日本語ではなく、英語だ。

目の不自由な人のためので、字幕というか、文字放送だな。

英語の放送に英語の字幕。

それでも、ヒアリングではチンプンカンプンなオレ達には役にたつ。さっそく、テレビの機能をいじくりまわす。

あった!ありました!

字幕つきでテレビを見る。

画面の絵がほとんど目に入らなくなる。

ネイティブスピーカーの英会話を、字幕の単語でおってゆく。

おいつけない。

頭いたくなってきた、、、。

少しは、英語の勉強になるのかな?

 

昼間調子いいと思っていたのに、、、。

夜、高熱。悪寒。最悪。真夜中に解熱剤飲む。

明日は、やっと取り付けた診察だ。


11月12日(金)

朝、熱は下がっている。ただフラフラする。

腹水は、ラシックスがきいてて、昨日は尿がよくでた。少しは、腹もへこんだような。

診察は9時30分から。

今週末から来週の頭まで、ラシックスの効果をみて、それでも腹水がひどいようなら、また強制排出するそうだ。

腎臓の数字(クレアチニン)は、変わらないらしい。3台くらいで落ち着いているらしい。

来週まで様子を見て、ひどければ連絡下さいとのことだった。

帰宅するも、食欲がない。ベットで横になっていた。

夕方過ぎ、気付いたら発熱、しかも高熱。また、いつものパターンだ。

うとうとしかけて、足がつりそうになる。今回は、ふとももの脇だ。このままにしておくと、本格的につるので、どうにか緩和させる体勢を見つける。

肝硬変になると、足がつりやすいが、困るのは寝ていて突然つる時だ。

これが痛いんだ。

無防備な上に、これが普通のつり方じゃないんだから。例えば、ふくらはぎなんて、全ての筋肉がつったかのごとく、引っ張られる。

自分で足を伸ばそうにも、伸ばせない。それでも頑張ろうとすると、他の部分もつってくる。

真夜中。

「誰か、助けて!!」

絶叫である。

始めは何事かと思ったろう。

「足がつった、伸ばして」

なんだ、そんなこと?と思うかも知れないが、

こちらとしては、今すぐ膝から下を鉈でもなんでもいいから切り落としてくれ、そう願うくらい痛いのだ。

妻がつられてる方向とは逆に足を伸ばしてくれる。

痛みはさーっとひく。

「よし、直った」とすぐに動いてはいけない。

ぶり返しがくるから。

体をだましだまし回転させて、ベットから立ち上がる。

立ってしまえば、つることは、そうない。

今までで一番痛かったのは、弁慶の泣きどころ、つまり、すねがつった時だった。

なかなか直らないし、あれはまいった。


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11/13(Sat)

妹からの荷物が届く。

何がうれしいかって、やっぱり日本語のビデオ。しかもバラエテイー、何気なく見れる。

たまにニュースなんかも入ってたりして、付けっぱなしにして部屋をかたずけたりしてると、日本にいるような錯覚になる。

やっぱり日本語がいい。

今夜もパパは何回も起きてくる。意味不明の事を言いだす。話し掛けても返事がこないこともしばしば。


11/14(Sun)

いつもの時間に起き、パパにおはようと言っても応答なし。

機嫌が悪い。

買い物に行くよと言って外出。今日はアルバーソンの日。なんだかんだと食料は減っている。そんなに食べて無いはずなのになあ。

帰宅してもパパは無言。

もういいや、と思い一人で用事を済ませたり本を読む。

昼間に作った御飯とツイストドーナッツを食べた。

夜一人でビデオを見ながら食べていると、パパ、ようやく起きだし、一緒にテレビ見る。

お腹はすいてないけど味噌汁なら飲める、と半分ぐらいを食べる。

二時間ぐらいして、今度は白御飯と空揚げを少し食べてた。まあ、すこしづつでも食べてくれると一安心だけど……….。

結局ビデオを3時間ぐらい見てパパはベッドへ。

ん?、、、なんだかやっぱり寝むれない?。

『もしもし、もしもし』とベッドのほうから聞こえる。寝言かな?

『もしもし?通じてる??モシモ~シ』

なんの夢見てんだろ。

いや、まてよ。脳症かも。

あわてて、ベットの方に行き、様子をうかがってると、

『ん?どうした?オレ今電話かけてたんだよ』

やっぱり眠れない。

ここまで妻の日記


11月15日(月)

朝、歩けなくなっていた。

いや、歩けるのだが、フラフラなのだ。全身から力がなくなっている。座ったら、立ちあがるのに一苦労する。

ベットで横になる。

また、眠ってしまったらしい。

起きたら、11時くらいだった。

だいぶ良いいみたいだ。

トイレ以外はベットで横になっている。腹水は利尿剤が効いて、大量に尿が出る。

しかし、そのせいか体力が落ち、倦怠感に疲労感がひどい。腹水に貯えられてた栄養分も、尿として排出されるのだ。

それにしても、今朝の状態はなんなのだろう?

夕べも、夜中に起きだし、わけのわからない事を言い出したらしい。何を言ったか覚えてない。


11月16日(火)

引き続き不調をキープ。


11月17日(水)

夜、腹痛。

腹水も、ある程度までは抜けたのだが、腹が張っているのは治らない。

そのせいで、胃や腸が圧迫されて腹痛をおこしてるのだと思ってた。

違うみたいだ、、熱がある。38~39度。

夜中、1時間ごとに起きる。痛み止めに、解熱剤を飲めばいいのだが。

ここ数日、食欲がゼロだ。それでも、バナナを半分とか無理して食べる。あとは、アミノレバンという、日本から持ってきた栄養剤だ。これを飲めば、必須アミノサンがとれる。しかし、これを飲むのも一苦労する始末だ。薬だけが、日に3度、胃の中に流れ込んでいる。

胃も荒れていそうで、、、余計な薬を飲みたくないのだ。


11月18日(木)

朝、我慢しきれず痛み止めを飲む。

そういえば、最近は下痢なんだか便秘なんだかわからない。やっと出たと思うと、かなりの下痢だったり。

それと、痔になった。

この痔は、静脈瘤のお尻版といったところらしい。幸いにも、座っても痛みはない。


11月19日(金)

今朝は、なかなか調子がいい。熱はなく腹痛もなし。ただ腹水は変わらず苦しい。

午後、妻がスーパーへ買い物に行くのに誘われる。悩んだ末、行くことにする。スーパーで、自分の目で何かおいしそうな物をみつければ、食欲もわくのではないか、という期待だ。

日本から持ってきたズボンは、もうはけない。先日妻が、ウェスト100くらいの『のびのびジーンズ』を買ってきてくれた。

なんか情けない格好だ。

おいしそうなもの、発見できず。


11月20日(土)

早朝3時に目が覚める。足がやけに冷え、腰が重い。ベットの中で悩んだ末、バスにお湯をはり、足を温めることにする。

ご存じのとおり、日本の風呂とは違う。結局、温めるどころか、体を冷やすはめに。

布団にもぐって、再度寝る。起きたら熱がある、99度。

バカなオレ。

解熱剤を飲み、氷り枕をして横になる。


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11/21(Sun)

足利のおかあさんから電話がある。

ひろくんが、がんばって学校に通っている様子を聞き、一安心。なんと、近くの教会へ、日曜日の朝はやく、英語を習っているらしいのだ!

今度アメリカに行った時、『英語人』とたくさん話せるようにと、自主的に行っていると言うのだから……….。

小学生一年生の時、私は何を考え学校に通ってたのか、ふと考えてしまった。えらいな。ひろくん。パパはというと、相変わらず腹水、時々出る熱、食欲不振に悩まされている。


11/22(Mon)

さあ、また一週間がはじまるぞ。今週は検診も無いし、他にも特に予定は入れていない。

木曜日の感謝際(サンクスギビング)も、アリスンさんからお誘いがあったけど、パパの体調が悪いので、お断りしました。

私一人でとも考えたんだけど、一人でお留守番は可哀相なので…….。

来週は、30日に検診がある。

病院でじっくりみてもらうため。Aさんにメールで通訳をお願いした。いつも、あと一歩の質問をしそこねるので、来週こそは、じっくり、いろいろ聞きたいと思ったからです。

Aさんは心良くOKしてくれました。

パパの体調が良ければ、日本食の食料品屋もお願いしようと思ってます。ほんとうに、こんなときは、私一人では…というところを、Aさんや、丸橋先生、先生の奥さんがいろいろフォローしてくれるので、助かるなんてもんじゃありません。

夕方、ひろくんの声が聞きたそうなので(パパ)電話をする。歌を歌い、本を読んでくれる。ひろくんの、バカ笑いも健在。

『パパは今だるまさんなんだよ。今ころがってくるから、ちょとまっててね。』と言うと、パパも調子に乗って

『ごろごろ~ごろごろ~、どっすん。はあ、目がまわった。もしもし?』

というと、離れていてもひろくんの大きい笑い声が聞こえてくる。

パパの一番の薬『ひろくん』。

マウンテンバイクがほしいなどと言ってる。

そういえば、もうすぐクリスマス。はやいなあ。


11/23(Tue)

ゆうべの雷、大雨、強風はすごかった。

パパはソファーで横になってて、私は台所でかたず付けをしていた。

ぱ『ん~??なんか雷の音しないか~??』

マ『そ~オ?あっ。ほんとだ。ひかってる、ひかってる』

雷が鳴ってる夜ってどきどきしませんか?

そのあと、二人で雷鑑賞会。

でも物凄くなっていく雨と風を見ていたら、なんだか不安に……..

竜巻きを思わせるような風。外の木々が横むいちゃってるよ~。

途中何回か、雷が落ちたらしく電気がフッと消え、焦る。(ろうそく買ってないよう)

よかった。MACコンセントぬいといて….。

 

朝方までパパは何回も起きてた。一つだけ、良かったと思うことが…。ガスがいっぱいでてたこと。

ここのところ、ガスがでず、お腹がはってくるしいと言ってた。じゃがいもを食べたからかな??

本人は寝ていたので、昼間言ってあげたら、

『そっか~どうりで、起きたら腹へこんでておっかしいな~って思ったんだよ』

本気なのか冗談なのかわかんないけど、今日はまあまあのfeelingのようで、

少しだけ安心。

 

夕方、アパートのOfficeのテレサさんにアパートの住人のリスト表を貰う。

それには、pl=postTXP, w=wait list, L=liver ,h=heart

などが書いてある。

パパの所には、

G1313 Hagiwara,Masahito WL Tokyo と書いてある

WLすなわち、肝移植待機中。

パパがこの紙を見て何か考えている。

何かはだいたいわかるけど…….。


11/24(Wed)

今日はさむ~い日でした。朝はまだ日がさしいてたんだけど、昼過ぎから曇ってきて、気温が下がる下がる。

アリスンさんに会いにBaylor まで一人でお散歩。

風邪が冷たく、くしゃみを3回した。あらら。風邪ひいちゃったかな?

アリスンさんとは会えず、院内を横切り帰ることにした。

夜、なんかや~な予感がしたので、お風呂で暖まろうとお湯をためた。

……ところがこのお風呂、いいところでお湯が水になってしまう。

(なんかの制御が働くのかな??)

逆に湯冷めをしてしまったようで、今鼻水がではじめている。でも大丈夫。こんな時は取っ手置きの直し方が私にはあるのだ。

ずばり、ねぎ味噌汁。

たまたま、最近、アメリカにも同じようなねぎがあることを発見。

これは、あったまるよ~。あとは、無理せずとことん寝る!

パパは、私の後に風呂に入った。熱いお湯が復活してたので、お湯を足す。程よい熱さでパパは満足。のんびりお湯につかるパパ。

でも、ちょっと目を離すと溺れる(?)おそれがあるので、椅子にすわって、プールの監視員みたいに、パパを監視。

あ~あ。でも銭湯の鬼のかたきみたいな湯舟につかりたい。

私は生まれてこのかた30うん年間、風呂付きの家に住んだことがないのだから。日本に帰ったら、ひろくんとパパと3人で、桶もって、銭湯に行こう!

あっ。でもパパが術後一年間は無理か。プールもダメだったんだ。

今度、パパが海に行く時はお腹にベンツのマークがついてる。


11/25(Thu)

「やった~!!待ちにまった感謝際だ!タ~キーだ!!」

……と、アメリカの人達は今頃喜んでいるんでしょうか?

我がアメリカの萩原家では、いつもと同じ。

日本の正月みたいに、皆、自分のおうちに帰って、『おせち』のごとく、超BIGな『ターキー』を焼き、次の日もまたその次の日も、食べるらしい。

 

パパはお昼寝で、私はMACでグリーテイングカードを送っている時、

『こ…..こ……こ、こつん』と、

玄関を申し訳なさそうに叩いてる音が聞こえてきた。小穴から覗くと、ややや、お久しぶりの丸橋先生の奥さんが……。

しかも先生まで御一緒に。(奥さんは日本に帰ってたのでひさしぶり)

うれしいです。

こういう突然の訪問は、ほんとにうれしい。心配なので、お見舞いにきてくれたとのこと。

先生はここの所忙しかったらしく、久しぶりの休日のはずなのに、ありがたいです。

色々お話を伺って、そろそろパパが疲れてきたと先生が気付き(さすがです)

また会いましょうと、帰られました。その直後です。今度は電話がトウルルル。

今度はアリスンさん。もちろん英語ですが、アリスンさんは、いつも優しい英語をゆっくり話してくれるので分かります。が、私の英語が通じているかどうかは、わかりません。

とにかく、ターキーをおみやげに今いくよ、ということ。

 

パパはベッドでアリソンさんと、会話。やはり、たくさん話をしたせいか、パパはお疲れの様子。

でも、ここちよい疲れのようで、顔色はまずまずです。

早速本場アメリカの家庭の味のするターキーをいただきました。

(アリスンさんのお母さまが作ったものです)

おいしいです。

でも、ターキーのソースが『いちごジャムのようなもの』で、おっかなびっくりでしたが……。

あの、どでかいターキーは、はたして何人分なんでしょうか。

アリスンさんがもってきたのはスライスした二人分ぐらいなものですが………。

ターキーとチキンてどうちがうんでしょうか。

 

ひろくんに、

『ミスタービーンがかぶって抜けなかったチキンのでっかいやつ食べたよ~』

と、早速自慢しなくては!

手紙でも書くかな…..。


11/26(Fri)

昼間から、御機嫌ななめのパパ。

午後、水が無いので、買い出しに行く。4連休の所が多いみたいで、道路もすいている。本当はMinyardに行きたかったんだけど、ヤナ予感がしたので(休みかもと)

近くのちょっとスパニッシュ系の所に行った。

ここは、店員さんの対応があまり良く無いのでここんとこ御無沙汰してた。今日は、お客さんが少なく、レジで暇そうにおしゃべりしている店員ばかり。だからなのか(?)、店員さん、今日は愛想が良かった。

帰りのバスに乗り込んだ時、バス内は意外に混雑してて、座るとこないなあと思ってたら、ちょっと太めのおばさんに、

『ここにすわんなさいよ!』とぽんぽんぽんぽん叩かれた。

”ちょっと”太めなので、窮屈でしたが、なんだか優しくされてうれしかった。おりる時も、『ハバ~ナイスデ~』と笑顔で言われてしまった。

日本では、あまりないことだな。

 

でも、ただでさえ注目をあびる日本人の私。今日はいつもよりも更に視線を感じていたような……….。

気が付いたのはバスをおりてから。

背中にしょってたリュックに穴があいていた。

中身は無事でしたが…….。

かなり使い込んでるんで、つい先日穴があき、ゴムで止めてたんですが、今日買って入れた『水』(200ml6本セット)のせいで、再破裂しまったらしい。

きっと、あのおばさんは、

『若いのに大荷物もってバスにのって、貧乏でかわいそうに』

と同情してたのかもしれないな。

やっぱり、縫わなきゃだめだなこりゃ。


11/27(Sat)

今日も良いお天気で心地よい風が吹いていた。

パパの調子はというと、相変わらず食欲は無いものの、気分はいくらか良い様子。

ただ、ちょっと屋上にいってくると言って、5分も経たない内に戻り、『は~疲れた』といった感じなのでまだまだ本調子ではないようだ。

こんな時車があれば、と思うんだけど、私は絶対とらないほうが良いと、周りの人間(私の実家のほう)には言われているので、免許をとったことなし。

東京にずっと住んでたから必要なかったし、自分の適性を良く知ってたし……..。

でも、今はちょっぴり後悔している。

パパは免許もっているが、私が絶対運転させない。

理由は、『ぺーパーだから』。

夕方、とても夕焼けがきれいだったので、写真をとった。白とピンクとブルーの3色で、不思議な感じだった。

 

夜、パパがお腹を見せてくれた。(というか、1日に10回は見せてくる)

びっくり!昨日より全然へこんでる!

利尿剤のおかげなのか、なんだかわかんないけど、うれしいもんです。

ここんとこずっとぽんぽんだったからなあ。今日は苦しそうじゃないんで、ぐっすり眠ってます。(いびきまじり。あはは)

この調子が続きますように………..。

さてさて。私も寝ようッと。

 

ひろくん、無事、学習会終わってよかったね。

手に人と書いて、ごくんて飲んだかな??


11/28(Sun)

今日もパパのお腹をチェックしたところ、変化なしで、一安心。

私のくしゃみも一晩で終わってしまい、(バカは風邪をひかないわけで)風邪ではひかなかったようでこちらも一安心。

今日はベイラーに甘いものを買いにでかけただけで、後は家で、のんびり過ごした。


11/29(Mon)

ヘリングさんという牧師さんが久しぶりに我が家に来てくれた。

本当は先々週の予定だったのだが、パパが風邪でダウンしていたので、今日にしてもらった。

とても楽しい牧師さんで、もちろん日本語が上手。

お話の最後に3人でお祈りをする。ヘミングさんのひとつひとつの言葉がずきんずきんときます。そして不思議と心が軽~くなる。

さて、今日の夕飯はアメリカン鮭&大根の味噌汁(おつゆはのこしてねバージョン)。

たくさん食べてくれるかな?

そうだ!明日は定期検診の日だった。ちょっと緊張。


11/30(The)

朝、Aさんと下のロビーで待ち合わせ。彼女は今日は仕事の日なのに、わざわざ私達の為に抜けてきてくれた。

そう、今日は(まちに待った?)Dr.クリッピッンの診察日。ここのところ丸橋先生が忙しく、通訳無しの診察が続いたので、さすがのDr.クリッピンもお手上げのようでしたが、今日は大丈夫。

しかも、後から、丸橋先生も来てくれて、その上アリスンさんまでも……..。

なんだか賑やかな検診日で、パパも嬉しそうでした。

そう、肝心の病状は、肝臓の方はさほど悪くなっていないらしく、ダラスに来た頃と大差はないとのことで、安心した。

何しろ、何時手術が行われるか検討が付かないうちに、肝臓の方がへばってしまっては、打つ手が無い。

Aさんの通訳のもと、質問が次から次へとでてきて、いつもと違う雰囲気が漂う。

腹水を抜くかどうかは、今日の血液検査で決めるという。時々なる下痢は『ラクチュロース』(脳症に効果のある薬、緩下効果も)の副作用ではないかとのこと。(分量の問題かも)

肝心の静脈瘤の検査(胃カメラ)の予約も取り付けてもらいました。

英語が話せないのは、私達夫婦だけ。皆が話している間は口をぽか~んとあけてただ、聞いて笑ってるだけで、なんか、情けなくてしょうがなかった。

でも、Aさんにはほんと今日は助けてもらい感謝、感謝です。

あと、新しい『ダラス在住日本人』を発見!

この方は、Baylor 内の歯科に研修生として、勉強しにきているそうです。

一年間の予定で、今年の3月に渡米。

こんな身近にいて、約4ヶ月間も知らなかったなんて、どこに日本人が潜んで(?)いるか分からないので、声をかけてもらう為に、今度から、どうどうと大きな声で日本語を話そう!(恥ずかしいかも….)

大失敗。

パパの大事な薬を車に忘れてきてしまった……..。一気にパパのイライラ度アップ。しかし、Aさんがきずいてくれて、明日持ってきてくれるとのこと。

迷惑ばかりかけているのに、更に御迷惑をかけてしまった。

おっちょこちょいが治る薬がほしい。

今日は日本時間で私の誕生日だった。

ひろくんから、お祝のメールが届く。

相変わらず元気な声で『叫んでた』

ここまで妻の日記