5月20日
妻が河北病院へ、B型肝炎の検査結果を聞きに行く。夫婦間感染の可能性もあるので、先日血液検査をしておいたのだ。
問題なしとのこと。
俺は妻の妹のYちゃんと、その彼氏であるAさんに付き添われ東大付属病院へ。先日、河北でもらった入院中のデータやカルテ、レントゲンや、CTスキャンのフィルムを渡しに行く。
担当の主治医の先生は、何人も患者を海外に送り込んでいるし、本人も日本における生体肝移植医の一人である。
河北からもらったカルテによると、肝臓ガンができている可能性があるという。大きいガンがあると移植はできず、移植適応外になってしまう。
「あっても2cmくらいの肝臓ガンですよ」
あっさり話す主治医の先生。
「そりゃあ、、、よかった」ってガンでしょ! ガンがあるかも知れないんでしょ!!
少し滅入った気分になる。肝臓ガンに関して、詳しい検査をここ東大付属と河北ですることになる。
5月21日(金)
朝、ヒロタカが鼻血。夕べから咳もとまらないので河北病院に行く。
多分風邪でしょうとのこと。
実はそんなことはどうでもよく、本当の目的はB型肝炎の血液検査。
6才の子供が太い注射で血管から血をぬく姿が痛々しい。痛みに顔をゆがめているが、泣かなかった。
夜中、胃が痛くて目が覚める。俺も風邪か?
5月22日(土)
ヒロタカの検査結果は陰性、問題なし。一安心。
吉祥寺のユザワヤへ行く。趣味ではないが、気がまぎれると思いプラモデルを買う。妻は電気工作。ヒロタカはガンダムのプラモ。帰ってきてさっそくつくる。結構はまる。
妻の電気工作、ベルホンが鳴らない。原因究明のため、これまたはまる。
レンドルミンを飲み午後11過ぎに寝る。
5月24日(月)
河北病院に検査のお願いにいく。東大府属からも連絡があったらしい。6月1日に検査の日が決まる。
動脈に管を通して、肝臓に造影剤を流し込みCTをとるらしい。通常のように静脈ではないので、多少苦しいらしい。検査後は安静。俺の場合、前日入院を含め、4日ほど入院らしい。
妻が俺のために携帯電話を買ってくる。
「俺は携帯なんて大キライだー!」と訴えても、いざという時の連絡用だと無理やり持たされることに。
夜、あいかわらず腹痛。理由不明。
5月26日(水)
午前11時より河北での定期検診。後日検査入院するので、その時の打ち合わせ。
午後3時から東大付属病院でCTの検査。修了後、主治医の先生がくる。
フィルムを確認したところ、ガンはないみたいだ。血管造影検査をすれば、より確実にわかるだろうとのこと。肝臓移植の適応にはあっているらしい。
主治医の先生が、ダラスのドクターに患者受け入れをお願いしてくれる。ドイツの先生にも打診しておくとのこと。
ただ血液型がO型というのは、かなり不利らしい。明日も東大付属病院に行くことになる。
5月27日(木)
11:30に東大付属病院にいく予定なのに、目が覚めたら12時だった。あわてて東大に行き、まず血液検査。そのあと主治医の先生に話しを聞く。
先生の後輩がダラスに研修に行っており、昨日の先生のメールの返事がきていた。教授に相談してくれるとのこと。
うまく行けば、これで行き先は決まるのだが。
5月30日(日)
ヒロタカ運動会。一年生は午前中で修了、自宅にて弁当をひろげる。
義妹のYちゃんが見に来てくれ、4人でおにぎりをほおばる。
いよいよ明日、31日から検査入院。
5月31日といえば、俺の誕生日。ハッピーバースデー入院だ。翌日の6月1日は、ヒロタカの誕生日。
ベッドの上でお祝いだ。
5月31日(月)
32才の誕生日。
誕生日を祝って検査入院の始まりだ。
受け付けに行く足取りも遅い。ガンだったらどうしよう?憂鬱な気分だ。
さっそく、レントゲンと心電図をとってくれといわれる。両方の検査をこなし、入院病棟へ行く。なじみの看護婦ばかりだ。
3月~5月までほぼ入院していたのだから、それもそうだ。
4月、先輩に指導してもらっていた一年生のナースが、『もう、この世界10年やってます』といった風情でちゃきちゃき働いていた。
俺のところに採血と点滴を差しにきたナースも一年生だ。
「貫祿がついてきたね」と言葉とは裏腹に、心の中では(失敗すんじゃねーぞ、痛いんだぞー)と手を合わせていた。
今回メインの血管造影の検査は明日だ。
今日は、おしっこ検査や、のどの粘膜や鼻の粘膜をとられ、肺機能検査に心エコーの検査もする。一日の仕上げに、てい毛である。
おばさんナースがしてくれると思いきや、若いナースが担当だ。
元気になったらどうしようかと思ったが、肝臓を悪くすると性欲がなくなるのでその心配はない。(ホルモンのバランスがくずれるため)
それに、前回の入院では、腸に血の塊の便がたまり、すごい便秘になったが、そのとき看護婦さんは、
「あたしが指で、ひっぱり出しましょうか」と聞いてきたくらいだ。
とりあえず浣腸を看護婦さんにしてもらい、ことなきを得た。
こんな感じの生活では、『愛のナースコール~雌豚奴隷縄地獄~』なんて妄想の一つもわかない。
なんか忙しく一日は過ぎて行った。